2009/06/10

歌舞伎座での花柳流舞踊会 ~カッコよすぎる仁左衛門と、凄すぎてよくわからないくらい凄い人について。


(以下の記事は、井嶋ナギブログ「放蕩娘の縞々ストッキング」にもアップしております)


前回(こちら)に引き続き、歌舞伎座でおこなわれた「三世宗家家元 花柳寿輔 三回忌追善舞踊会」についてです。




私が今回、最も楽しみにしていたのが、特別出演の15代目片岡仁左衛門さんと、3代目花柳壽楽さん(錦之輔改め)による、『連獅子(れんじし)』! 

って、先日、知人に「でね、そのとき仁左衛門がね」と話したら「誰ソレ?」と言うではないですか。「えーッ! 仁左衛門、知らないの? ニザエモン、だよ?! え、じゃあじゃあ、片岡孝夫は?!?! カタオカタカオ!!(意外と言いにくい)」なんてムキになってもしょうがないので、一応解説しておきますと。

15代目片岡仁左衛門(かたおか にざえもん)は、歌舞伎界きっての二枚目役者。仁左衛門という名前を襲名する前は、片岡孝夫という名前で、玉三郎さんとの美形コンビで評判をとっていましたし、映画俳優としても(→松本清張の『わるいやつら』ほか)、テレビドラマ俳優としても(→伝説の歌舞伎座テレビ制作『眠狂四郎 円月殺法』『眠狂四郎 無頼控』ほか)、さまざまに活躍していた二枚目役者です。



パンフレットの一ページ。
(自分のものを撮影しましたが、書き込みについては無視してください…)


で、片岡仁左衛門さんと花柳流は、実は、親戚関係にあるそうなのです。明治時代の講談師・3代目錦城斎典山には、数人の子どもがいました。そのうちのひとりの娘さんが「花柳流2代目家元・2代目花柳壽輔」と結婚し、もうひとりの娘さんが「13代目片岡仁左衛門」と結婚した。で、「花柳流2代目家元・2代目花柳壽輔」の娘さんが「花柳流3代目家元・3代目花柳壽輔」さんとなり、「13代目片岡仁左衛門」の息子さんが「15代目片岡仁左衛門(つまり現在の仁左衛門)」さんとなった。というわけで、現在の仁左衛門さんと、2年前にお亡くなりになった花柳流3代目家元は、いとこ同士だったのですね。

そしてさらに、今回、仁左衛門さんと一緒に『連獅子』を踊られた3代目花柳壽楽(じゅらく)さんもまた、同じ家系の方なのです。明治時代の講談師・3代目錦城斎典山には、数人の子どもがいました、というのは先にも書きました。そのうちの次男が、人間国宝にもなった舞踊家の2代目花柳壽楽さん。で、さらにその息子さんが、舞踊家の2代目花柳錦之輔さん。で、さらにその息子さんが、やはり現在、舞踊家として活躍していらっしゃる、3代目花柳壽楽さんと花柳典幸さんのご兄弟なのです。





というわけで(長かったですね…)、今回の『連獅子(れんじし)』は、その日のトリを飾る演目。15代目片岡仁左衛門さんが「親獅子」で、3代目花柳壽楽さんが「子獅子」。

『連獅子』という踊りは、歌舞伎と言えば、ということでよくイメージされる、長~い赤い毛をつけた頭をブルンブルン振り回す、アレです。だけど今回は、白塗りの化粧も、長い毛のついたカツラも、豪華な衣裳も、きらびやかな背景も、何にもナシ。つまり、素顔に紋付袴だけで踊る、「素踊り(すおどり)」でした。素踊りは、衣裳やカツラでごまかしがききません。カラダの動きが、そのままお客様に見えてしまうので、衣裳をつけるよりもある意味で難しいものなのです。

実は、歌舞伎役者さんだからと言って、みんながみんな素晴らしい踊りを見せることができる、というわけではありません。役者の本分は演技なのだから踊りは適度に…という方も、たくさんいる(らしいです)。そんなこともあってか、会場に集まっていらっしゃる、踊りに関しては一家言ありそうなクロウトな方々の「役者さんがどんな踊りをご披露されるのか、ひとつ拝見いたしましょ」的な、何百という目。ビーーンと音がしそうなほど張り詰めた、場の空気。

そんななかで披露された、仁左衛門さんと壽楽さんの踊りは……素晴らしかった…。素晴らしすぎるくらい、素晴らしかった…。正直申し上げて、私、仁左衛門さんについては、「カッコイイ」とか「二枚目」とか「美形」とか「セクシー」とか姿かたちについてしか言及してこなかった自分が、心底、恥ずかしくなりました。なんて浅かったんだろう、私。なんて表面的だったんだろう、私。とにかく熱い熱いお二人の踊りに、半泣き状態。

え? 感動しすぎ? そうですよねぇ、たかが踊りでね。でもたかが踊りだと言おうと思えば言えるからこそ、それにあそこまで魂をうち込む人たちの凄さや純粋さが、胸に迫ってくるのですよ。どんなに良いお家に生まれようが、どんなに美しく生れようが、一人で汗かいて泣いて努力しなかったら、あんなに熱い踊りを見せられるはずないのですから。



で、素踊りだからカツラはつけてないわけで、髪の毛は頭にきちっとなでつけていたのですが。熱演というか熱踊…とは言わないでしょうけれど、あまりに懸命に踊りすぎて、後半、仁左衛門さんの前髪がひとすじ乱れ、ハラリ…と、額に落ちてきた!! その美しく色っぽい風情と言ったら!!! キャー。ホンっト、カッコよかったです!

って、結局また仁左衛門さんの姿かたちに言及してますけれどもね、それはしょうがないと思うのですよ。何事にも、一長一短がありますよね。美しく生れた者は、美しさで得をするのと引き換えに、何をしても結局、自分の能力や努力とはあまり関係のない姿かたちのことばかり言及されてしまうものなのです。それは美しく生れてしまった者の、宿命。というわけで、65年も二枚目をやってきた「二枚目プロ」の仁左衛門さんなら、そんな私の凡人な心の動きも、きっと許してくださることだろうと思います。…たぶん。




歌舞伎座の楽屋口に祀られている「歌舞伎座稲荷大明神」。
(画像は、花柳美嘉千代先生よりいただきました)



それと、もうひとつ。私が今回見た踊りのなかで、一番「スゴイ…」と思った舞踊家さんは、長唄『木賊刈(とくさがり)』を踊られた、花柳寿彰さんです。スゴすぎて何がスゴイのかよくわからない、くらいの…。動きのシステムがよくわからなくて、ちょっとやそっとでは把握できないし、ただ歩いてるだけでも、不思議で玄妙な空気が立ちのぼってくるような…。

日本舞踊を見ていて、動きにメリハリがあってスゴイ! とか、エネルギッシュで圧倒された! とか、美しすぎて感涙! とか、そういう体験は何度もありますが、踊りを見ていて「謎めいていて何だかよくわからないのに、それが異様に気持ちよくて、もう何時間でも見ていたい」と思わせられてしまったのは、初めての体験でした。目の前に、大きくて魅力的な「謎」が立ち現れた! という感じ。ただただ、舞台に釘付け。

こういう方を「名人」と言うのだろうなぁ、と思い、私の師匠である花柳美嘉千代先生に聞いてみたら、花柳寿彰さんは、花柳流2代目家元・2代目花柳壽輔さんの芸を継承している舞踊家さんで、花柳流のなかでも別格の存在として知る人ぞ知る御方、なのだとか…。や、やっぱり。この世には、こうした私の知らない凄い人がたくさんいらっしゃるのだなぁ、と思うと、この世で生きていくのがまた少し、楽しくなったのでした。